マテリアル(物・原材)ではなく体験で訴求する

物販であれサービスであれ、ただ単純に看板を掲げ、ただ単純に値札を付けても売れにくい時代になりました。
街を歩いて観察すると、「100均」や「低価格帯の店」ではレジ前に客が並んでいるのに、少し値段が高そうな店では客もまばら。
客単価が高いからそれでも帳尻は合う、とは言えない、客数差が明らかな状況が多いと感じます。
都市部の中枢へ向かえば、今はまだ高級な店にも客足は見られるものの、その空間的範囲は確実に収斂していっているのではないでしょうか。
格差は空間的にも顕著に現れています。

地域はこの「東京一極集中」のようなメインストリームに対し、地域独自に最適化された思考と価値観で対応していく事が望ましいのではないか。
グローバル・スタンダード(世界標準・世界基準)ではない問題が山積している地域・場では、現場基準、現場由来の超克観が必要だと考えます。
そのためのアイデアの一つとして、「物を売る事」から「体験を売る事」へとサービス意識をシフトさせる、ということが挙げられるかもしれません。

そのためには「売り方」が都市部発のスタンダードでは埒が明かないのではないかと考えます。
「売り方」、つまり「看板を掲げ、値札を付けて並べる」というやり方では付加価値がなく、必然的に価格競争原理での勝負になり、100均に勝つためには50均、とジリ貧になっていく。
そんなことをしていたら、早晩食えなくなるのは目に見えています。

人はただ安い物へと流れる、というわけではなく、値段相応の「価値がある」と判断すれば買います。
安物買いの銭失いという言葉もありますが、決め手になるのは「金額に見合う価値の有無」でしょう。
100均がいくら人気とは言え、100円の人工心臓はさすがに躊躇するはずです。
もし「永遠に首コリ・肩コリが消えるもの」があれば、相当な額でも出す人は多いのではないでしょうか。私なら出します。

つまり、その「価値」という観念には「体験」が含まれているのが分かる。
そして、その体験の目的は「快楽 or 問題解決」のいずれかでほぼ間違いありません。
例えの「永遠に首コリ・肩コリが消えるもの」というのは、積年の問題が解決するという体験が出来るので、そんなものがあればかなりの反響があるでしょう。
ビール一杯と酒の肴を出すにしても「体験の違い」を売りにする方が、これからの商売戦略としてはきっと正しい。
ディスカウントで勝負するというのは、ジリ貧の蟻地獄です。

私は観察が好きで、人が多く居る場所では、なんとなくその光景を観察しているだけで楽しいのですが、現代の人は基本的にとにかく疲れている。
慢性的に疲れている人が非常に多い。
仕事に疲れ、人に疲れ、世に疲れ果てている。
そんな「問題」に対して解決にはならないかもしれないけれども、一時であれ、心身が休まる時と場が求められている。
それは極めて巨きなニーズとしてあることは、日々感じます。

そんななか、空前のネコブーム。そこから生まれたサービスの一つ、「ネコカフェ」も「ネコ」という生き物が持つ説明不可能なあの存在感が「快楽」であり「安らぎ」であり、一時の「問題解決」になるからここまで広まったのではないでしょうか。
私もかつてネコと暮らしていたのでよく分かる。
ネコが居るというだけで、他の何者にも代えがたい安堵が得られました。人間では不可能な能力です。
なので、ネコを撫でながら、あるいは好き勝手しているネコを眺めながらの晩酌は、一味違った「晩酌体験」になることを知っています。
そう、「ネコが居る居酒屋」というだけで、ネコ好きの私にとっては心が安らぐという「価値」が付くのです。
ビールの銘柄も枝豆の味も何も変えず、体験からアプローチする例です。

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あるいは、とにかく一人になって " のほほん " としたい、という需要には、従来は大広間タイプで行われていたサービスを完全個室に変えるのも良いかもしれません。
どういうポジティブな、あるいはネガティブを除去出来るような「体験」を付け加えて提供出来るのかに的を絞れば、それが酸素カプセルのビジネスであろうと美容室であろうと、アイデアが入る余地はいくらでもあると思うのです。

人の「体験」とは唯一無二の「ユニーク(独特)」なものであると思わせてくれる例を一つ。

──初夏の、植物の緑が輝かんばかりの緑色を呈する並木道。ある人はこう思いました。
「なんて生命力に溢れた緑なんだろう。なんだかパワーをもらえるようで、こちらまで元気になってくる」と。
別のある人はこう思いました。
「これだけ葉が生い茂ると、毛虫やら何やらもたくさん潜んでいるのだろうな。そう思うと下を歩くのもぞっとする」──

「体験」を訴求する時、同時に「万人受け」という観念は捨てた方が良いと思わせてくれる例え話です。
たとえその感じ方がどれほど似ていたとしても、それが個性ある人間の主観から来るものである限り、まったく同じ感じ方というのは厳密には存在しません。
先述の例でもそうです。ネコが苦手な人もいます。一人になるのは寂しくて苦手だという人も居る。

「体験」はこれからの時代の重要なキーワードになるとは思いますが、であればこそ、「万人向け」というのはターゲット集中度が低く、ぼやけて良くないかもしれない。
" 分かる人には分かる。ツボにハマる " そういう体験が付加価値としての狙い目になると思います。

捨てる神あれば拾う神あり、これからのビジネスは、ターゲットを絞って絞って絞り込んで、万人から★★★☆☆(そこそこ良い)評価をもらうぐらいなら、 特定の人から★☆☆☆☆(酷評)されるも、特定の人から★★★★★(好評)を得られるような、そういう何かを目指した方が可能性があるのかもしれません。
とくに地域は都市部とは異なる、そうした尖ったユニークさと価値観、発想で、まだまだ面白いことが出来そうな気がします。