Webサイトの演出のトレンドに実利的効果はあるのか

人間の脳に占める視覚の割合は大きいので、人は往々にして「視覚に引っ張られる」きらいがあります。
Webサイトでも、動く箇所には脊髄反射的に「(ぱっと見)すごい!」というウケの良さがあるため、以前はFlash等をいたるところに使用して、それはもうページ全体が気持ち悪いほどピクピクと動きまくるものもありました。
今ではかつてのこの流行病のような傾向も弱まり、使いやすいページが増えているとは思いますが、しかしまだまだ「動く=ハイテク、すごい」という観念は残留しているのもたしかです。

デザインにおけるさまざまな表現において、正解・不正解という基準があるとすれば、それは「目的に適ったものかどうか」ということがひとつ、挙げられるでしょうか。
たいていの場合、ここを踏み外すことによって、デザインは「似て非なるもの」へと進路変更してしまうことが往々にしてあります。
そもそもデザインというのは、非常にその意味・概念を誤解されているもののひとつで、正確には、デザインとは、製品の材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画|『広辞苑第六版』 が本来の意味なのですが、現実的には概して「見た目・装飾」となってしまっています。

かつて私が街で聞いた声に、それを象徴するこのような声がありました。
「これ、デザインは良いんだけど使いにくいのよねー」
いやいや、それは単にデザインが良くないってことなんだけど…。

Webにおいても同様で、Webデザインは「Webページの見た目を作る」というようなことになっていますが、その定義は大きなデメリットを製品に埋め込んでしまう危険をたっぷりと含んでいます。
「動きのあるWebページがカッコイイ!」は「チョット待った!」です。
その何かを動かすしっかりとした理由がなければ、単に「なんとなく」では、動かすことにはデメリット(リスク)の方が大きいでしょう。
インターフェースにおける「演出的な動き」は、9割が人の嗜好性に訴えるものであって、本質的機能にはほとんど貢献していないどころか、むしろ若干機能低下させている、ということが珍しくありません。

たとえば、昨今多く見られる、ページのスクロールに合わせてコンテンツがフェードインしてくる、という演出。
私はWebページを読む時は、自分にとって必要なコンテンツはどこか、まずは斜め読みでざっと情報を拾うので、その目より遅く、ちんたらフェードインしてくると、これはもう大変まどろっこしいというか、迷惑なわけです。
Web上で待たされる数秒は、見ている湯は沸かない(watched pot effect)と言われるように、長く感じるものです。

機能性ではなく(発信者サイドの)嗜好性で情報を動かすということは、同時に、他人がその動きを楽しい、とポジティブに感じてくれることを暗に要求していることにもなるわけで、それはちょっと押し付けがましい。
見る人に何かを無理強いすることなく、気持ち良く、速やかに爽やかに、情報を提供することが、使いやすさの原点ではないでしょうか。